第45回 国が変われば色々変わる職業の話 ー フランスの助産師について

同じ名称の職業でも、国によって職能や仕事の内容が変わります。その一例として、フランスの助産師職について書きました(*2024年、いくつか情報を加筆更新しました)
髙崎順子 2022.07.16
誰でも

みなさん、こんにちは!

暦の上でも夏本番の7月に入りましたね。いかがお過ごしでしょうか?

この2週間では参院選挙、その直前に安倍元首相の襲撃という衝撃的な事件が起こってしまい……日常生活は続くものの、報道を追いながらなんとも落ち着かず、心穏やかにいられない方々も少なくないのではないかと思います。そういう私自身も、遠くフランスで暮らしながら、まとまらない心持ちを宥めすかして、家事育児仕事をこなしています。

生活と政治は繋がっている、だからこそ普段から考えて行動していこうとする人にとっては、このような状況で生活だけでも安定させようとバランスを取ることは、簡単ではないですね。こういう時にすべきは、動揺する自分と社会を一旦「そうだよな」と認めることと思います。その上で、自分の力で自分の軸を安定させられる方策を考え、それを意識的にやる。たとえば私は映像と音の影響を受けやすいタイプなので、今、報道は動画で見ないようにしています。また、このような時にネットを見ると数珠繋ぎで際限なく情報を辿っては疲弊する傾向があるので、夜寝る前にネットを見ないこと、1日30分はなんでもいいのでネット以外の活字を読み活字欲を満たすこと、の2点を実践しています。

みなさんはいかがですか? 社会的に大きな事件が起こってしまった際に、自分の軸をどう意識して保っているでしょう。もしよかったら、その方法を聞かせてもらえたら嬉しいです。

さて!今日のレターでは、フランスの助産師さんについて書きます。

助産師といえば読んで字の如く、「お産を助ける」役を主に担う職業。日本でもフランスでも、出産の場面では欠かせない医療従事者です。そして出産後には、乳幼児のお世話を新米のパパ・ママたちに教えてくれる、心強い指導者役でもあります。従事するには国家資格が必要で、その国家資格を得るためには、専門の養成課程が定められています。

ですが、同じ「お産を助ける」役を担い、助産師=Sage-femmeという対訳で繋がる日仏の助産師には、一つの大きな違いがあります。そしてその違いによって、両国での女性の「性と生殖に関する健康と権利(SRHR、セクシャル・アンド・リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ)」のあり方も変わっていて、興味深いのです。

今回はその違いに焦点を当て、フランスの助産師職の特徴を、コンパクトにお伝えしようと思います。日仏に共通する(そして多くの方はご存じであろう)「お産を助ける」「乳幼児の育児を指導する」点については省略しますが、ご了承ください。

妊娠や出産の当事者ではない、あまり興味がないという方も、「国が違えば、同じ名称の職業も内容が変わるんだ」ということの一例として読んでいただけたら嬉しいです。

職業のカテゴリーの違い

日本とフランスの助産師職、その一番大きな違いは、職業のカテゴリーにあります。

日本の助産師は、看護師・准看護師・保健師と同じ「看護職」。診察や治療を行う「医師職(歯科医含む)」とは別枠で、観察やケアの面から医療に携わります。助産師は看護職の中でも、医学的に異常のない妊娠と出産を担う専門の職種で、出産の介助以外に、妊婦中の検診も行います。国家資格取得のための教育は、医師教育ではなく、看護教育(高卒後3~4年間、プラス助産師の専門教育1~2年間)の範疇です。

フランスの助産師は経膣分娩(フランスでは”生理的な分娩”と呼ばれます)を中心としつつも、女性の性と生殖に関する健康全般を担う医師職です。「生理的な分娩」に関して医療処置の自律的な決定権を持ち、薬や理学療法の処方ができます。国家資格取得のための教育も医師教育を基盤とし、医学生たちと並んで、1年間の共通医学教育を受けます。その後最短で4年間(追記:2024年からは5年間になりました)、助産師養成課程で専門教育が施されます。2017年からは、看護師国家資格を持った人が助産師養成課程に転入できる制度が作られました。

日本の助産師は女性のみに取得可能な国家資格ですが、フランスでは男性も助産師資格を得られます。

医師職と看護職

フランスの助産師は「女性の健康を守る医師職」として、妊娠出産に加え、産前産後以外の婦人科検診や不妊治療、避妊や中絶も担います。一方、産婦人科医とは別の職業なので、助産師にはできない外科手術(帝王切開など)や治療(一部の不妊治療など)はあります。

また診察の上、避妊薬(ピル)や避妊具(ミレーナなど)、経口中絶薬を処方することができます。

日本の助産師は看護職のため、フランスの助産師と同じ範囲の医療行為はできません。

同じ「助産師」の名前の役柄にあっても、職業の立て付け自体が違うと、できることが変わってくるのですね。

女性の健康を守る選択肢が増える

フランスのように助産師が医師職であると、具体的には何が変わってくるのでしょう。

一つは、薬を処方してもらえる選択肢と機会が増えること。日本では今、経口中絶薬の国内製造と販売の承認作業が進められており、厚労省と日本産婦人科医会が中心となって「どう処方するか」の議論が行われていますね。フランスでは産婦人科医に加え、助産師も薬の処方ができるので、経口中絶薬を必要とする女性たちの窓口が、産婦人科医と助産師の2種類存在することになります。

もう一つは、「性と生殖に関する権利」を守るための声を高く、強くできること。医師職と看護職の間には、医療現場や医療政策の場において、指示役と補佐役というヒエラルキーができてしまいがちです。本人たちがそう考えていなくとも、医療現場の外の社会の方が、上下関係で見てしまうこともあります。フランスの助産師は医師のカテゴリーなので、医療現場や「性と生殖に関する権利」を語り合う政策立案現場でも、より自律した医療者として、意見を発することができるそうです。

声を上げて職能を広げてきた

このフランスの助産師職も、初めから今日のような形だったのではありません。女性の健康を守る医療者として専門性を認められるべきだと訴え、1980年代に、医療職として養成課程の再定義が行われた経緯があります。

そしてその行動は、現在も続いています。たとえば現在、産婦人科医のみが行える外科的な中絶手術を、助産師にも可能なものにするべき、との議論がされています。背景には、フランスの産婦人科医の少なくない数を占めるベビーブーム層が、定年を迎える年齢問題などがあります。

「女性の性と生殖の権利を守るためには、産婦人科医だけに任せていては足りません。私たち助産師の職能を広げて、その権利の守り手とならなければ」

以前にお話を聞いたフランスの助産師の方は、そのように話してくれました。

以上、非常にざっくりと一部分ではありますが、フランスと日本の違いに焦点を当てて、フランスの助産師職の特徴をご紹介していきました。

妊娠出産、避妊、中絶、不妊治療がすべて医療保険の適用で行われているフランス、その社会での助産師の方々のお仕事はいつか、もっと字数を割いて細やかにお伝えできたらなと思っています。今回のレターはそのとっかかりの一つとして、お読みいただけたら嬉しいです。ご興味をお持ちいただけた方は、ぜひご自分でも調べて、掘り下げてみてくださいね。

そして私ごとになりますが、今週末から夏休みを頂戴します。

8月1日のレターはお休みし、次回は8月15日にお送りしますね。

みなさまも熱中症などにお気をつけつつ、それぞれの夏を楽しんでくださいますように。

ではでは、また!

髙崎順子

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