第58回 フランス、医療保険が支払う経口中絶薬の診療報酬の内訳
2023年11月17日からしばらく、タイトル関連部分のみ無料公開します。
経口中絶薬について
ここからは過去記事の補足です。先日経口薬を用いた医療中絶について、日本の産婦人科医・太田寛先生の書かれた記事を読み(とても分かりやすくためになる内容です)、その後Twitterでやりとりを交わしました。
フランスでは中絶は公的医療支援の範疇に置かれ、外科吸引手術・経口薬の二種類が行われています。フランス国内在住の女性には、自己負担無料でアクセスできる制度です。その制度の概要はレターの第42回で取り上げましたのでそちらをご参照いただきつつ、今回は上記の太田先生からのお問い合わせに関して補足したいと思います。
ご質問1「中絶に対する世の中のイメージが知りたい」
フランスでは長年、中絶は違法行為とされていました。1974年11月の国会で中絶合法化法案(通称ヴェイユ法)が可決され、1975年から正式に合法の医療行為として、病院・診療所にて施術されています。その後1982年に自己負担3割で医療保険対象化、2013年から現行のように自己負担なしの無償化がなされました。
そして昨年2022年秋、合法化48年周年を記念し、「アメリカとフランスで、社会は中絶をどう認識しているか」を知るための調査が、調査会社Ifopによって行われました。以下のリンクから調査結果全文を無料で閲覧できます(仏語です)。
https://pany-1b446.kxcdn.com/wp-content/uploads/2022/11/Rapport_Ifop_PartirANewYork-IVG.pdf
フランスでは18歳以上の男女1506人を対象にアンケートされています。
この報告書の興味深い点は、合法化以前1969年にIfopが行った世論調査の結果も添えられていること。当時のフランスでは、中絶合法化に「かなり賛成」「どちらかといえば賛成」が合計43%、「どちらかといえば反対」「かなり反対」が47%と、反対派の方が多い状況でした。
そして2022年の調査では、この数字は大逆転。「女性は自由意志で中絶する権利を持つべきだ」と答えた人が81%、「限られた状況のみ中絶する権利を持つべきだ」とした人が14%と、圧倒的多数が「権利を持つべき」と回答したのです。一方、全体の4%は「生死にかかわる場合以外は中絶の権利を持つべきではない」、1%は「いかなる場合にも中絶の権利を持ってはならない」と回答。中絶合法化から半世紀近く経ったのちも、その権利を否定する声がごく少数とはいえ存在する実態が見られました。
現代のフランス社会全般においては、中絶は「女性の健康と人生のために必要な権利」と広く認められている、と言えるかと思います。
一方、この中絶の権利は「いつでも脅かされる、守り続ける闘いをすべきもの」との認識もあります。昨年秋、アメリカの連邦最高裁判所が米国内での中絶の憲法上の権利を認めていた「ロー対ウェイド判決」を覆した際には、パリや地方都市で中絶の権利を守るためのデモが行われ、メディアには政治家や文化人から権利擁護の論説が取り上げられました。
そんなフランスで暮らす生活者としての私の感覚では、中絶は、日常会話で多く登場する話題ではありません。一方、その必要があるシチュエーションは誰にでも起こりうる、その場合は医療に繋いで対応する、との共通認識もあると、知人との会話やメディアで見聞きする折に感じます。
そして中絶と同じライン上にある、避妊の話題はより身近です。中学生以降は学校の授業でも必ず取り上げられ、その際は「生物学的な社会常識」として教えられることも影響しているようです。私の周囲のティーンエイジャーを見ていても、異性愛者で恋人ができるなら男女問わず、避妊は「当然考えるべきこと」と捉える感覚が養われているように見受けます。
ご質問2「医療保険の効かない場合の費用が知りたい」
フランスでは中絶は自己負担なしでのアクセスが原則ですが、そこでは当然、医療費が発生しています。国の医療保険の対象外にある旅行者には、相応の医療費が請求されます。
保険対象とされている中絶の医療行為の価格は、項目ごとに、法令(公衆衛生法典および人工妊娠中絶に関する医療価格についての2016年2月26日法令アレテ)によって決められています。医療保険の対象者に施術した場合、医療者への支払いは国の医療保険から直接行われます。
医療保険による報酬価格は、病院と、医師・助産師の個人診療所の2パターンが設定されています。
以下少々細かくなりますが、医療従事者や医療行政関係の方向けに、経口中絶薬での中絶のケースをまとめますね。情報が細かすぎると感じる方はさっと読み流してください。
*今日のレートでは1ユーロ=約144円(ギャアアアアまた上がったアアアアアア!!!!)です。
●病院●
a) 中絶術前の診察(超音波診察含む) 35.65ユーロ b) 中絶前の血液学検査(血液型、RH型、凝固検査など)22,95 ユーロ
c) 医師・助産師による薬剤接種時の診療報酬
ー面前での第1回投薬(Mifégyne 200 mg もしくは Miffee 200 mg)及び必要に応じて抗D人免疫グロブリンの注射+患者自宅での第2回投薬(Gymiso 200 mg もしくは Misoone 400 mg もしくは Cervageme 1 mg) 95.65ユーロ
ー面前での第1回投薬(Mifégyne 200 mg もしくは Miffee 200 mg)及び必要に応じて抗D人免疫グロブリンの注射+医療施設での観察下での第2回投薬(Gymiso 200 mg もしくは Misoone 400 mg もしくは Cervageme 1 mg) 182.61ユーロ
d)中絶後の血液学検査 13.50ユーロ
e)医師もしくは助産師による中絶後の状態確認のための診察 25ユーロ
f)医師もしくは助産師による中絶後の状態確認のための超音波診察 30.24ユーロ
●個人診療所●
a) 中絶術前の診察(超音波診察含む) 35.65ユーロ b) 中絶前の血液学検査(血液型、型、凝固検査など)69.12 ユーロ
c) 中絶医療行為の合意確認のための診察 25ユーロ
d)薬剤処方(税込薬価含む)
面前での第1回投薬(Mifégyne 200 mg もしくは Miffee 200 mg)及び必要に応じて抗D人免疫グロブリンの注射+患者自宅もしくは医師・助産師面前での第2回投薬(Gymiso 200 mg もしくは Misoone 400 mg もしくは Cervageme 1 mg) 137.92ユーロ
e)中絶後の血液学検査 17.28ユーロ
f)医師もしくは助産師による中絶後の状態確認のための診察 25ユーロ
g)医師もしくは助産師による中絶後の状態確認のための追加の超音波診察 30.24ユーロ
*c~gの診療報酬は各中絶施術後ごとに一括で支払われる。
個人診療所の場合は病院よりも少々高めに診療報酬が設定されているのが分かりますね。
日本でも中絶術は医療化され、「母体保護法指定医」の産婦人科医によって行われていますが、大半は外科手術で、経口中絶薬はまだ国内利用が承認されていません。まさにこの3月に、承認されるか否かの判断が厚労省から示される、分水嶺にあります。そして中絶は国の医療保険の対象外で費用は施術を受ける人の自己負担、かつ「自由診療」という医療機関が価格を自由に決められる分類になっているので、フランスのように全国統一基準の価格設定はなし。経口中絶薬が厚労省の承認のもと使われるようになっても、医療保険の対象外であるため、自己負担は10万円ほどになるのでは、との見方があります。
以上、ご質問から情報をまとめてみました。
髙崎拝
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